己で刻んだ印を背負い、愛を求め続ける男たちの物語。
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刺青を持つ三人の男たち(牡丹の潟木、ラナンキュラスの武藤、狂い鮫の埜上)。それらに絡む謎の男、久保田。
社会の裏側を生きる男たちに救いはあるか…?
刺青シリーズ完結編『みんなの唄』描き下ろし42ページを加え、すべての物語が収束される。
ほか、片思いの相手が毎夜生き霊になって現れて…。『はるのこい』『ゆめのあんない』を加えた異色作品集。
収録作品:「僕のカタギ君」「ラナンキュラスの犬」「狂い鮫とシンデレラ」「みんなの唄(描きおろし)」「はるのこい」「ゆめのあんない」
茜新社 EDGE COMICS
発売日 2008年 9月26日
Contents
すごい物語
かなり異色な作品かと思います。BLの大多数を占めるハッピーエンドの物語とは相当違っていて、ぐさぐさに心抉られる描写が数多く存在します。
正直、初めて読んでから丸々二日は気分が憂鬱でした。沈みっぱなし。何をしていてもこの本の内容が頭から離れない。
それぐらい衝撃的な作品となっています。BLを好きな方、一読の価値大いにあります。ぜひ読んで見てください。もちろん辛いだけの内容ではないのでご安心を。彼らが幸せを掴もうと奔走する、という物語です。
登場人物
潟木…武藤と行動を共にする893。子供の頃はお坊ちゃんだったが、親の会社の倒産と共に人生は転落の一途を辿る。
久保田…音信不通だった潟木と、十数年ぶりに再開。それぞれの男たちの人生を、変えていく。
武藤…坊の付き人を務める。お堅い性格。前組長の鶴子を慕っていた。
坊…組長だった母の生き写しと言われる青年。株の知識に長けており、部屋に籠って日々パソコンを叩く。
埜上…金と力が全ての人。武藤達の組と一応は兄弟分であるものの、縄張り争いで揉めている。自分の手で人が死のうと興味はなく、己のことしか頭にない男。
以下、『 ゆめのあんない 』登場人物です。今までの組とかの世界観ではなくて、いたって普通の大学生のお話。
安奈…春野の事を密かに思うあまり、春野の生霊を召喚してしまう。
春野…来るもの拒まずな女好き。
ストーリー
潟木と久保田のいちゃいちゃから始まります。とっても平和な始まり方。
以下、各章ごとの流れを紹介していきます。
/僕のカタギ君
クラブのゲイナイトで十数年ぶりの再会を果たした二人は、すぐに恋人同士となる。ある時久保田が潟木のジャケットを持ち上げたところ、ポッケから銃を発見してしまう。
まさかの久保田の正体に、一話目から急などんでん返しで驚きます。愛があることだけが、唯一の救い。
/ラナンキュラスの犬
外に出たいと言って聞かない坊は、先代の組長で坊の母親である鶴子にそっくりで。そんな中、坊は武藤にある質問を投げかける。
組か、僕か――――。下衆な現組長の言いつけすらをも、忠犬の如く守りぬいて来た武藤。堅物の彼の”情”が動き出します。
/狂い鮫とシンデレラ
R地区で好き放題する埜上。お店で恫喝しながら売り上げをせしめていたところ、新しい子として連れられてきた上玉が。
”埜上が女を窓から落とす”という衝撃の場面から始まります。そしてタイトル絵の<窓際振り返り埜上>が、ぞわぞわする気持ち悪さと恐ろしさがあります。
/みんなの唄
[ピー…ピー…ピッ…ピッ…ピッ………]。足を洗い、ほのぼの暮らす坊と武藤。二人で寝ていると、坊は耳鳴りが酷いと言い始めます。
何かは分からない「ピッ」というカタカナと共にこの章は始まります。前半の幸せに満ちたシーンの数々が、もう、逆に無かったらよかったのに。そう思ってしまうくらい、思いもよらない結末を迎えることとなります。
出所した潟木君と、門の傍で出迎える久保田。帰ってきた潟木の背中の模様は、沢山の怪我を背負っていた。
彼の背負ってきた傷の重さを、理解し、共に背負い続ける覚悟を持つ久保田。
誰が悪い、誰のせいで、誰がやったことで。そんな責任転換を考えずにはいられない。ラストにして気持ちを全て持っていかれる、きつい章です。
/ はるのこい
プレーボーイの春野へと密かに想いを寄せる安奈は、想いのあまり春野の生霊を呼び寄せてまう。夜毎ベッドに現れる半透明春野に、次第に触れ合いはエスカレートしていく。
告白する勇気を持てない初心な男子の、純情大学生ラブ。
世界観の全く違うお話。ここまでのページを読了後の、荒んだ心に降り注ぐオアシス。ぎりぎり引き止められる心の安息。大量の塩しか調味料入れてない料理に、お情けみたいなお砂糖入れてもらった感じ。
/ ゆめのあんない
甘い夢の日々に惚けていた安奈だったが、ある時「俺昨日すんごい夢見ちゃった」とそっぽを向く春野に告げられ、事態は急転する。
生霊という不確かなものの前では大胆に行動出来るのに、本物の前では何も言えなくなってしまう安奈。対照的な二人の徐々に歩み寄っていく?姿が可愛らしいです。
久保田…
○彼が一番、とんでもない役回りではないでしょうか。愛する人に罪を償って欲しいという気持ちを本当に正当な形で実行出来る人は、なかなか居ないですよね。好意的だからこそ、つい甘く見てしまうというのが大半の人間の感情かと思いますが、そこを”好きだからこそ真っ当な罰を”と思い、更に実行に移すのは、生半可な気持ちでは出来ないなと思いました。
○いくら埜上を押さえるためとはいえ、体の張り方がおかしい。やり方がそれしかなかったのかもしれないが、きつい。命を投げたやり方と言っても過言ではない。ただ、埜上に組み敷かれる久保田の色気は大爆発してました。最高な首絞めシーン。
…犯した罪は
やがて巡って来るのだと、そういうメッセージが強いです。因果応報。それなのにすっきりしないのは、読者が登場人物達に激しく感情移入してしまっているからでしょうか。やるせない気持ちのはけ口が欲しいくらい。
作風について
○阿仁谷先生の描く特徴的なうねりのある体の曲線や、ぞくっとするような独特の首の角度など、存分に堪能出来ます。線が細く細く、繊細に表現されます。唇の影、髪の一本一本までがキャラの心情が込めてあるようで美しい。
○快楽に揺れる表情、汗涙、息遣い――――。臨場感のあまり、全部伝わってくるようです。
○表紙からイメージするような堅い絵ではなく、中身は非常に表現豊かで柔らかな絵です。
最後に
どぎついお話ですが、面白さはとんでもない作品です。アングラもののBLはいくつも読んだつもりでいましたが、アンダーのレベルが違いました。BLだからといって全員が全員救済があると思ったら間違いだよ、と言われた気がしなくもない。
一度目、読んだときはあまりの辛さにどうしようかと思いました。何をしても楽しくない。「どうせもう、はぁ……」と、起きてる時間はずっとこんな感じ。
二度目はしばらく日が開いてから読んだと思います。変わらず辛いままでしたが、彼らの背景にあるものや覚悟、そういったのを汲み取って見ていくものの、結論、”やはり愛だけが救いなのだ”という所に落ち着きました。
この物語は相手に命を捧げることの尊さが描かれていると思います。綺麗ごとで渡れる世界など無くて、自分らの生きている現状が良いのか悪いのかすらよく分からない。そんな彼らですが、そんな彼らだからこそ感じられる熱い情がある。
心に残る一冊であることは間違いないので、ぜひその目で確かめてみて下さい。
⚘阿仁谷先生の他作品はどれももっと明るいものが多いです。ラブラブで惚気ていたりだとか。本作だけ毛色が違う感じ。
(絵は別作品のもの)
▽阿仁谷先生pixivアカウント
時折pixivライブをされています。作画風景が拝めてとっとも楽しいです。是非チェックしてみてください。